失敗とは、本気で取り組まなかったこと

こんにちは!

 

春らしい陽気が続いていますね。昨日は久喜に河津桜を見に行ったのですが、見事な花を咲かせていました。これからこのあたりも花たちが色づいてくると思うと、なんだか楽しみになってきますね。

 

さて、藤原学習塾は学年末テストも高校受験も終わってひと段落。学年末テストは結果がほとんど出揃い、高校受験についても合格発表である明後日の吉報を待つのみ。それぞれの生徒が全力を尽くしました。

 

学年末テストについては、今回も好成績が連発。総和中2年生で学年1位を叩き出したのを皮切りに、5教科100点アップが2名、初めての400点突破が2名出るなど、続々と喜びの声が寄せられています。1週間で数学を50点上げた驚くべき生徒もいました。生徒や保護者様が喜んでいると、私も嬉しいです。みんなよく頑張りました。

 

しかし、結果が出た生徒もいればなかなかうまくいかなかった生徒もいます。そうした生徒は頑張っていなかったのでしょうか?

 

違います。どの生徒も同じように頑張っていました。しかしテストというのは勝負事。勝つこともあれば負けることもあります。

 

先日、「甲子園優勝監督の失敗学」という本を読みました。その名の通り甲子園優勝を経験している高校野球の監督から、失敗して学ぶこととは何かを聞いて本にしたのものです。

 

その中で特に響いた言葉がありました。

失敗とは、本気で取り組まなかったこと。

これは岡山県の創志学園高校監督、門馬敬治さんの言葉。かつて東海大相模高校を率い、チームを春夏4度の全国制覇に導いた名将です。

 

本気でやったことには後悔がない。学びがある。本気でやった末に負けたとしても、それは失敗とは言わない。しかし本気で取り組まなかったことからは学び取れることがない。それこそが失敗だ。

 

門馬監督の言葉をまとめると、そのようなことでした。まさに金言だと思います。

 

勝負事の結果のみが成功と失敗だけに分けられてしまうのは、私もやや単純すぎると考えています。それをその子の努力にまで結びつけてしまうと、「君は努力したから成功した」「君はがんばらなかったから失敗した」ということになりかねません。頑張ってもうまくいかないことはあるのに、それをその子の努力不足で片付けてしまうのは乱暴というもの。一生懸命やったことの末の結果なら、勝敗に関わらず私は価値があることだと思うのです。

 

もちろん、学習塾という立場からすれば生徒の成績アップこそが至上命題。お金をいただいている以上プロなので、生徒の成績向上に向けて全精力を上げて指導しています。「うまくいかなかったけど努力したから十分だよね」などとのんきなことは言えません。あくまで貪欲に結果を追い求めます。

 

ただ真剣に結果を追い求めたのに、結果が伴わなかった。そのときは生徒には「一生懸命頑張った自分自身のことは、せめて認めてやってほしい」と話しています。決して責めるようなことは言いません。塾としての指導を省み、どうしたらその子が笑顔になれるような成果を届けてあげられるかをまた考えていきます。生徒が全力を尽くしたなら、あとは塾が指導方針を考え尽くすのみです。

 

全力を尽くした生徒には、自分自身にそのことを認めてあげてほしい。成績が上がっていてもそうでなくても関係ありません。14日間頑張り抜いたことを誇りに思ってほしい。決して失敗などではありません。

 

藤原学習塾においても、華々しい成功がある一方で「成績アップ満足度100%!」というわけではありません。うまく行った子ばかりではないのです。どの学習塾でもそれは同じかもしれませんが、しかしそれを仕方のないことと思うつもりもありません。全員が100%満足できるまで成績をあげること。そこに本気であり続ける限り、藤原学習塾にも失敗はありません。前進あるのみです。

 

諦めない限り、本気でい続ける限り、失敗で終わることはありません。本気の勉強を、藤原学習塾で経験してみませんか?

 

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